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オスカー・ニーマイヤー

オスカー・ニーマイヤー、オスカル・ニマイエル・スワレシュ・フィリュ(Oscar Niemeyer Soares Filho、1907年12月15日 - )は、ブラジル、リオデジャネイロ市生まれの建築家

プロフィール

当時ブラジルの首都であったリオ・デ・ジャネイロで生まれ、エスコーラ・ナショナル・デ・ベラス・アルタスを卒業後、1935年からリオ・デ・ジャネイロのルシオ・コスタとカルロス・レアンの設計事務所で働いた後、1936年にフランスに渡りパリのル・コルビュジエの事務所で働くなど、世界的な巨匠の下で経験を積み、多くの影響を受ける。

第二次世界大戦後の1952年にアメリカ・ニューヨークの国際連合本部ビルをデザインした他、1956年から1960年にかけてルシオ・コスタの総合監修の元行われたブラジルの新首都・ブラジリア(首都移転は1960年)の国会議事堂や外務省、カテドラルなどの主要建築物の設計など、世界の建築史に残る建築物を設計した。どの建築物にも、ニーマイヤーが語るところの「自由な曲線」が多用されており、これらの建築物を見るためだけにブラジリアを訪れる建築マニアも多い。

1960年代のブラジルの軍事政権下においては、その左翼的な政治志向が嫌われたため、1967年にフランスのパリに亡命に近い形で住み着いたが、1985年の民政復帰後はブラジルに戻って設計活動を再開し、現在は生まれ故郷のリオ・デ・ジャネイロに在住し設計活動を行っている。

AP通信によると、2006年11月16日に秘書の女性と再婚した。

代表的な建築物

ブラジル教育保健省庁舍(リオ・デ・ジャネイロ、1937年)

コパン・コンプレックス(サンパウロ、1951年)

国際連合本部ビル(ニューヨーク、1952年、正式には建築家国際委員会の設計となっている)

イビラプエラ公園(サンパウロ市、1954年)

パビリオン・ダ・ビエンナーレ(サンパウロ市、イビラプエラ公園内、1957年)

ブラジル大統領府(ブラジリア、1956年-1960年)

ブラジル国会議事堂(ブラジリア、同上)

ブラジル連邦最高裁判所(ブラジリア、同上)

ブラジル外務省「弓の宮殿」(ブラジリア、同上)

カテドラル(ブラジリア、同上)

ハイファ大学キャンパス(ハイファ、1964年)

フランス共産党本部(パリ、1981年)

ニテロイ現代美術館(ニテロイ、ブラジル1996年)

サーペンタイン・ギャラリー・パビリオン(ロンドン、2003年)

受賞

プリツカー賞(1988年)

アメリカ建築家協会ゴールド・メダル(1970年)

高松宮殿下記念世界文化賞(2004年)

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